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連載

#11 キャラクターの世界

ムーミン「ダメな部分」も魅力 ニョロニョロ・おさびし山…名訳も

トーベ・ヤンソンさんと交流、編集者が語る秘密

横川浩子さんのもとに、トーベ・ヤンソンさんから届いた手紙=7月15日、東京都
横川浩子さんのもとに、トーベ・ヤンソンさんから届いた手紙=7月15日、東京都

目次

北欧生まれのキャラクター「ムーミン」は、長い歴史を経て日本での存在感が大きくなっています。ただ、グッズを持っていたり、アニメを見たことがあったりする人は多くても、本には触れたことがないという人も意外といるかもしれません。今は、表現が読みやすくなった新しい小説が世の中に出ています。小説の魅力を、ムーミンに30年関わってきた編集者と出版している会社の担当者に語ってもらいました。(朝日新聞デジタル編集部・影山遼)

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【「ムーミン」シリーズ】
色のついたムーミンが消えた なぜ日本で人気?市場規模は北欧と同じ(8日配信)
ムーミン「ダメな部分」も魅力 ニョロニョロ・おさびし山…名訳も(9日配信)
ムーミンの世界に衝撃…移住して26年 原作者に学んだ「柔軟な人生」(10日配信)
トイレで生まれた「ムーミンの原型」誕生の島に残る作者トーベの面影(11日配信)

眠れないムーミンに勇気をもらった

全ての始まりは、フィンランドの作家トーベ・ヤンソンさん(2001年に86歳で死去)が1945年、母語のスウェーデン語で書いた小説「小さなトロールと大きな洪水」です。

日本に初めてムーミンが登場したのは1964年。講談社の「少年少女新世界文学全集」の北欧編の一編として、「ムーミン谷の冬」が収められていました。3年前まで約30年にわたって小説などの編集に担当として携わり、現在はフリーの編集者として働く横川浩子さんが、日本で出版された経緯を教えてくれました。

それは、北欧文学や神話を専門としていた翻訳家の山室静さんが、取材で訪れたストックホルムの本屋で見つけたムーミンの本を「面白い」と考え、訳したものを講談社の編集者に託したことが発端でした。

山室さんはかつて「あるものはいかにもむじゃきで愛らしく、あるものはまたぶきみで、ふしぎな性質をもっています。それらの動物が、いかにもいきいきとかつやくするところ、まことにふしぎな、たのしいお話です」と記しています。

<トーベ・ヤンソン>
1914年、ヘルシンキで彫刻家の父と画家の母の間に生まれた。画家として出発、政治風刺漫画などを手がけたが、1945年に後のムーミンシリーズの原型となる第1作を発表。ムーミン一家の楽しい暮らしや不思議な冒険をつづったシリーズは、自身が挿絵を描き、世界中で親しまれた。1966年に国際アンデルセン賞受賞。1970年に発表した「ムーミン谷の十一月」がシリーズ最後の作品に。自伝的小説「彫刻家の娘」など大人向きの作品も数多く、晩年まで創作を続けた。

記者の家にある講談社の「ムーミン谷の冬」(新版、著:トーベ・ヤンソン、訳:山室静)
記者の家にある講談社の「ムーミン谷の冬」(新版、著:トーベ・ヤンソン、訳:山室静)

当時は高度経済成長期。家庭に全集をそろえるのが出版社の販売戦略だったこともあり、ムーミンの載った全集はじわじわと広まっていきました。豆知識として、最初に出版された1964年の本の挿絵はトーベさんのものでなく、日本の画家の池田龍雄さんが描いたものでした。

「ムーミン谷の冬」はムーミンシリーズの転換となった作品ともされています。北欧の厳しい冬の描写をリアルに描いた作品。11月~翌4月まで冬眠するムーミン一家の中で、1人だけ目覚めてしまったムーミントロールは「世界中が冬眠しちゃったんだ」と思ってしまいます。記者も初めて1人で寝るようになった小学生の頃、夜が怖くて眠れない日がありました。そんな時に読んだこの本で「ムーミンも眠れなくなることあるんだ」と勇気づけられた記憶がいまだにあります。

ムーミンたちのショー=2020年6月6日、埼玉県飯能市、高橋雄大撮影
ムーミンたちのショー=2020年6月6日、埼玉県飯能市、高橋雄大撮影 出典: 朝日新聞

「ハッティフナット」が「ニョロニョロ」に

講談社でムーミンを担当する磯村花世さんによると、1965年には「たのしいムーミン一家」を出版。「たのしいムーミン一家 復刻版」についている年表を参照すると、出版の直前まで、広告のタイトルは「ゆかいなムーミントロール一家」となっていたそうです。1966年には、「児童文学のノーベル賞」と称される国際アンデルセン賞をトーベさんが受賞しています。

日本では人気の高い「ニョロニョロ」ですが、原書での表記は「ハッティフナット」。子どもたちが親しみやすいように、訳者の山室さんが名前を日本独自に改めたといいます。ここでも独自のムーミン文化が展開されていきました。横川さんは「おさびし山」も山室さんの名訳の一例としてあげてくれました。

記者の家にある講談社の「たのしいムーミン一家」。こちらは新装版(著:トーベ・ヤンソン、訳:山室静)
記者の家にある講談社の「たのしいムーミン一家」。こちらは新装版(著:トーベ・ヤンソン、訳:山室静)

ちなみに、左足の輪っかが特徴のムーミンの相方は、講談社の出版物では「スノークのおじょうさん」で変わっていません。

ところが、世間では違った名前で呼ぶ人も存在します。これは、アニメでの呼び名が違っていたためで、公式には「スノークのおじょうさん」ですが、年代によって「ノンノン」や「フローレン」と呼ぶ人もいます。

【関連リンク】スノークのおじょうさん(ムーミン公式サイト)
 

その後、「トーベ=ヤンソン全集」が1968年からと1976年からの2シリーズが刊行されています。後期の「ムーミン谷の十一月」の訳者あとがき(鈴木徹郎さん)の中で、トーベさんが来日した時に、ムーミンは動物なのか人間なのかという問いにスウェーデン語の「バーレルセル」だとしたエピソードが紹介されています。これは、「たしかに、いることはいるんだけれども、なんといいあらわしていいのかわからないもの」というような時に使われる、日本語だと「存在するもの」だそうです。言い得て妙な気がします。

さらには、1978年からの「講談社文庫」(後に新装版や限定カバー版も)、1980年からの子ども向けの「講談社青い鳥文庫」(後に新装版も)、1990年からの「ムーミン童話全集」と次々に登場します。他にも、アニメから作って毎週刊行していた絵本なども含めて、計1千万部以上はこれまでに出版したそうです。

小説の翻訳は、複数の人が手がけています。第2次大戦中のスウェーデンで陸軍武官の夫とともに和平工作をした小野寺百合子さん、病の後遺症に苦しみながらもくじけずにスウェーデン語を学んだ下村隆一さん。これは色々と苦労をしてきた人と、山室さんが仕事の共有したかったためだそう。横川さんは「こういった、一言でいえば『不屈の人たち』が関わったことも、ムーミンという作品が持つ力なのかもしれません」と、個人的な感想だと前置きした上で、話してくれました。

小野寺百合子さん=1991年2月ごろ
小野寺百合子さん=1991年2月ごろ 出典: 朝日新聞

異なるムーミンのイメージ

日本では1969年以来3度にわたってテレビアニメ化されたことで、さらに知名度を獲得していきました。1990~91年放映のアニメ(平成アニメ)は、フィンランドでもブームを起こしています。

アニメと並行して親しまれてきた小説ですが、講談社から出ている小説は、2019年から2020年にかけて日本語訳を新しくしています。昔の小説を読み慣れた人にとっては、新たな物語になったかのような感覚が味わえるほど変わってる部分もあります。

新しくなった部分としては、それはそれで味のあった昔の訳を、現代の表現や言い回しに整えました。磯村さんは「原書の言い回しは難しくないですが、行間の含みが多いので、補完する必要が出てきます。さらに、川の描写一つをとっても『川』『小川』『せせらぎ』など、トーベ・ヤンソンの表現の豊かさを、しっくりくる日本語に直すのに新版では苦労しました」と話します。本国から精密なデータを取り寄せて挿絵もくっきりさせ、カバーデザインもフィンランドの一番新しいバージョンを統一しました。スウェーデン語と再度向き合っての翻訳編集を畑中麻紀さんが担当し、10月までに全作品が発売される予定です。

1991年生まれの記者はアニメの世代ではありませんが、実家にあったコミックス(筑摩書房)に親しんで育ちました。トーベさんが弟のラルスさんと手がけた作品です。どのアニメシリーズを見ていたのか、コミックスを読んでいたのか、小説も新版を読んでいるのかで、ムーミンたちに対するイメージはだいぶ違ってきます。

物憂げにギターをかき鳴らし、ムーミンにさりげなく知恵を授けるニヒルなお兄さん――。
昭和40年代のアニメ版「ムーミン」を見て育った私は、そんなスナフキンを思い浮かべてしまう。ところが、2020年で出版75周年を迎える原作小説を開くと、キャラクター設定の違いにびっくり。楽器はギターではなく、ハーモニカ。大好きな作曲を邪魔されてムッとしたかと思えば、ムーミン谷の住人たちと無邪気に戯れる。自由と孤独を愛しつつ、ムーミンたちと過ごす時間も大切にするスナフキンが描かれている。(玉川透)
2020年1月5日 朝日新聞グローブ
ムーミンワールドの来場者と交流するムーミンママ=2008年、フィンランド・ナーンタリ
ムーミンワールドの来場者と交流するムーミンママ=2008年、フィンランド・ナーンタリ 出典: ロイター

秘密の通路を案内してくれたトーベ

ムーミンの魅力はどこにあるのでしょうか。先ほど登場した横川浩子さんに聞きました。

平成アニメが始まる前に、初めてムーミンの仕事(1990年からの「ムーミン童話全集」)に関わったという横川さん。アニメのプロモーションで日本を訪れたトーベさんにインタビューしたり、「ムーミン谷への旅」という本を作るために、ヘルシンキのトーベさんのアトリエを自身が訪れ、トーベさんや弟たちからお酒や料理で歓待されたりしたこともありました。「私のたどたどしい英語ではありましたが、(トーベ・ヤンソンは)非常にチャーミングな人でした」。仕事を後回しにし、家を隅々まで案内してくれたり、建物内にあった秘密の通路に誘ってくれたり、などしてくれたそうです。

「トーベ・ヤンソンは仕事に関しては突き詰めるタイプで、完成した作品でも、さらに文や絵を直すこともありました」

横川さんは「ムーミンは主役なのに大きな特徴がないですよね。ヒーローでもないし。そんなところが共感できる部分なのかもしれません」と説明。さらには、トーベさんは夏になると、子ども時代も大人時代も島に長期間行き、自然の中で伸び伸び過ごしていました。そこには人間関係の煩わしさもありませんでした。

トーベさんの子ども時代、父親のアトリエでは仲間の出入りが多かったことが反映されているとした上で、「多様性を認め、否定しないのがムーミン谷。意外とみんな自分勝手なことを言っていても気にしない。お互いに折り合いながら、干渉しすぎません。時々どこかずっこけているところも良いですよね。ムーミン屋敷も同様です。誰でも入って来られるし、出て行く自由もあります」と分析します。

横川浩子さんのもとに、トーベ・ヤンソンさんから届いた手紙と「ムーミン谷への旅」=7月15日、東京都
横川浩子さんのもとに、トーベ・ヤンソンさんから届いた手紙と「ムーミン谷への旅」=7月15日、東京都

可愛いだけではないムーミン

トーベさんは15歳だった1929年、風刺画を通して政治問題を取り上げる雑誌「ガルム」で描き始めました。廃刊になるまで24年間です。そのため、横川さんは「ユーモアだけでなく、ムーミン谷でもちょっと横から物事を見て真実を突く、風刺の力が生かされていました。それを子どもにも分かりやすく、物語の形で表現したことがトーベという作者の力量だと思います」。

自然についても「嵐が来るとなすすべがない中、むしろ雨の中に出て楽しむという気持ちが出ている部分もあります。生き物はあらがわずに、受け入れて楽しみながら生きていく感じでしょうか」。居心地の悪さを感じる人間関係の中で悩む時、ムーミンたちの名言に救われることもあるかと思います。

一方の磯村さんも「ムーミンは無色透明で何でも吸収できます。登場するキャラクターが、みんなそれぞれちゃんとしていないダメな部分も描かれていて、説教がましくないのが良さ」と話します。

最後に、横川さんは「可愛いだけではないムーミン。キャラクターグッズにとどめずに、物語を知ると、ますますいとおしくなるはず。ぜひ本も読んでみてもらえるとうれしいです」とまとめました。

<ムーミンキャラクターズ会長、ソフィア・ヤンソンさん(トーベ・ヤンソンさんの姪)>
「ムーミンの物語は愛や寛容、自由、友情など人間にとって大事なものを教えてくれます。伯母はムーミンの価値観を体現した人だった」。
鮮明に覚えている幼い頃の出来事がある。近所の雑貨店にあったミニチュアのティーセットと可愛いケトルが欲しくてたまらなくなり、トーベにおねだりした。すると、「手に入らないと死ぬほど必要なの? 考えてみて」と真剣な表情で問いかけられた。「私が『うん』と答えるとすぐに買ってくれたんです。トーベの生き方を実によく表しています」
トーベは15歳で、政治風刺雑誌で絵を描き始めた。1945年からムーミンの小説を次々と出し、英国の新聞で漫画を連載、各国で読まれた。人気が過熱してグッズの監修など様々な仕事に追われる一方で、ねたみや中傷にもさらされた。名声や富を手に入れた後も人生は平坦ではなかった。心の安らぎは、長年連れ添った女性パートナーだった。「トーベの人生は『自分には何が必要か』の問いかけの連続でした」
2018年11月1日朝日新聞夕刊
トーベ・ヤンソンさんの姪のソフィア・ヤンソンさん
トーベ・ヤンソンさんの姪のソフィア・ヤンソンさん 出典: 朝日新聞
「ムーミン展」が各地を巡回中です。大阪(開催中~8月30日)、札幌(9月12日~11月3日)、熊本(11月14日~2021年1月11日)、静岡(1月23日~3月14日)。いずれも配信時点の状況のため、最新情報は公式サイトを確認してください。
ムーミン展 THE ART AND THE STORY(公式サイト)

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